2008年夏はアメコミ映画祭り

 日記的なものを書くのも久しぶりですが、今回はこの夏公開の一連のアメコミ映画についてです。とりあえず先週末に「インクレディブル・ハルク」「ダークナイト」を観てきました。それの感想と今後の作品、そして周辺についていろいろと。

 マーベルの緑の巨人こと「超人ハルク」の映画化。前回の映画化である「ハルク」(2003年)の企画の続編ですが、必ずしも前作を観ておく必要はありません。コミックにおけるハルクのキャラクターのイメージには、科学者が事故によって強大で暴力的な潜在自我の表象たる怪物に変身してしまう『ジキル博士とハイド氏』的なテーマと、偶然の事故によって社会から疎外される身に陥った男/怪物の逃亡劇という『フランケンシュタイン』風のテーマの二つが併在しています。
 映画「ハルク」はバナー博士や恋人のベティとバナーの父親のドラマを元に前者のテーマを中心にした怪獣・サイコドラマ的な物語になりました。この「ハルク」は興業的に十分なヒットを飛ばし次回作の制作が決定したのですが、大衆的なエンタティメントとは少し離れていため次回作ではもっと間口の広い作品に舵取りを変えることになりました。そしてスタッフを一新した今作「インクレディブル・ハルク」では、ハルクの伝統的なテーマのうち後者に焦点を当てることによりキャラクターとテーマの魅力をそのままに、よりエンタティメント性を高めたサスペンスアクションとなっています。これには主演を務め主人公ブルース・バナー博士の造形を魅力的に演じただけでなく、脚本の改稿に大きく携わったエドワード・ノートンの役割も大きかったようです。
 というわけで完全な続編というわけではないので、前作を観ていなくてもそのまま今作を楽しめます。そして実は「誕生編」「帰還編」と物語の流れの上ではイメージを同一にしているため、細部の設定を共有していなくても前作を観ていた方にはより楽しめる部分もあるはずです。
 アメコミファンに向けてのサービス要素も物語に支障をきたさない範囲でふんだんに盛り込まれていますし、私としては大満足でした。同じアメコミ原作の同時期公開作とはいえ、「アイアンマン」主演のロバート・ダウニーJrがカメオ出演とか、かなり凄いサービスです。パンフレットによれば今後の映画企画として「アベンジャーズ」「キャプテン・アメリカ」が控えていることへの布石らしいので、今後もマーベル作品の映画企画から目が離せません。

 こちらは「バットマン・ビギンズ」(2005年)の続編となる映画版バットマンの新作です。前作はブルース・ウェインからバットマンへの誕生物語を描くとともに、ゴッサムシティの時代の推移と変質をバットマンの活動と絡めて見せた新たな映画シリーズの開幕編でした。今回の「ダークナイト」では、新たな正義と法の秩序を打ち立てるべく活動するバットマン、ゴードン刑事課長、そして新任の地方検事ハーヴィー・デントの3人が、それまでのギャング・マフィアとは異なる新時代の悪であるジョーカーと対決する趣向。彼らの息詰まる対決は「ゴッサムの長い夜」とでも言うべき緊迫の連続です。
 しかし今作が真に映画として優れていた部分は、単なるヒーロー・悪役の対決というアクションを越えた部分にあります。パンフレットに杉山すぴ豊さんのフレーズで「初めてゴッサム・シティーそのものが主役になったバットマン映画」とありましたが、映画を観終わると確かにその通りの感覚が心に残ります。映画は善悪に分かれて前述の4人が対決する物語ですが、彼らはそれぞれのキャラクターの掲げる理念を示すゴッサムに打ち立てられた基柱であり、その間に存在するゴッサムシティという世界の未来を懸けて戦っているのです。
 この、テーマの表象としてのキャラクターの存在を超えて、彼らが併在する世界観そのものを描いてみせることはこれまでどのバットマン映画にも出来なかったことでした。しかしそれを描けなければ、コミックの歴史に醸造されてきたバットマンの物語の本質を見せることはできなかった。この感覚を表現できたのもクリストファー・ノーラン監督の力量あってのことでしょう。
 また、これが遺作となったヒース・レジャーによるジョーカーの熱演も大きな見所です。バットマンの物語におけるジョーカーの存在・テーマというのは結構伝えるのも分かってもらうのも難しい部分で、ファンとして心配だった要素でしたが、ヒース・レジャーの鬼気迫る演技によって見事に表現されていました。これがなければ、やはりバットマンの世界観を一体感をもって見せることはできなかったと思います。
 とにかく、ハリウッドの大作スリラーアクション映画としても、アメコミヒーロー映画としても究極とも言える出来です。ぜひ多くの方に観ていただきたいと思います。私が観に行ったシネプレックスつくばの先行上映の回は客の3割が外国人の方だったのでファンとして複雑な気分でした……

 こちらは「バットマン・ビギンズ」の後に「ダークナイト」との間につなぎ企画として制作された、日本のアニメーターによるバットマンの短編作品集です。5人のアメリカのアニメ・映画・コミックス原作ライターによる脚本を、6人の日本のアニメ監督がそれぞれ十数分の短編作品としてアニメ化しました。各作品のテーマや雰囲気は個性的で独立しているため、バットマンのイメージをテーマにしたオムニバスとしても楽しめますが、用語や背景設定やシリーズ構成の次元では二作の映画と連続した作品としても観られるように配慮されているため、映画のサイドストーリーや予習として観るのも一興でしょう。
 レンタル版は新作アニメを収録したディスクのみで一時間半の内容ですが、DVD販売版では関係者インタビューやバットマンの原作者ボブ・ケインの生涯を描いたドキュメンタリー、さらにアメリカ版アニメシリーズからセレクトされた4話が収録された特典ディスクが加わり、合計約4時間の大ボリュームです。これで3980円って太っ腹だね!
 あとワーナーのアニメスタジオでは現在ワンダーウーマンのテレビ用アニメ映画を製作中のようで、その予告も収録されています。ストーリーボードから見える内容はかなり期待できそうなので、2009年春のDVDリリースが楽しみです。ジャスティスリーグのDVDボックスをアマゾンで輸入したときに先輩からリージョンフリーDVDプレイヤーを譲ってもらったので、準備もOKだし!

  • 「アイアンマン」

 そしてトリに控えているのが9月27日日本公開の「アイアンマン」。大富豪の会社社長とスーパーヒーロー・アイアンマンの二足のわらじを履く男、トニー・スタークの物語です。映画館で予告編を見てきましたが、これは相当期待できる内容です
 新兵器をアメリカ軍に売り込むために実地試験に同席したスターク工業のトニー社長は、テロリストの人質として捕らわれ新兵器の開発を強要されます。心臓負傷の治療と虜囚からの脱出を兼ねて生命維持装置を組み込んだパワードスーツを作り脱出したトニーは、自分の得た力を人々のために使うためにスーパーヒーロー・アイアンマンとして活動するのでした……というのが原作アメコミの誕生ストーリーで、比較的普通で単純なヒーロー誕生ですが、実はアイアンマンは非常に繊細なテーマのキャラクター・作品なので、映画の詳細情報が耳に入るまでは私も本当にこの映画企画が不安だったのです。
 アイアンマンは確かにアベンジャーズの中核メンバーで地球最強のヒーローの一人。まさに「ゴールデン・アベンジャー」「金色の騎士」の名に相応しい存在です。しかしその全てはアイアンマンのアーマーによるもの。他のヒーローや超人に囲まれて、外見を取り繕ってはいてもトニーは常に悩みます。アーマーがなければ自分はヒーローどころか、一人で生きる事さえかなわない半人前の存在に過ぎないのか、と。そして元来はむしろ弱い人間だったトニーは自分の劣等感・立場・ストレスと戦い苦しむのです。しかし、アイアンマンがヒーローたるゆえんは、最終的にはトニーが自分の弱さや至らなさを受け入れて克服し、立ち直れる芯の強さを持っているところにあります。無敵の鎧に、強い心が備わったとき、初めてアイアンマンは真のヒーローになるのです。
 ですから映画のチラシやポスターに使われているキャッチコピー、おそらくは英語からの直訳なのでしょうが、『装着せよ――強き自分』という言葉を読んだとき初めてこの作品の出来に大きな信頼が置けるようになりました。アイアンマンのテーマを簡潔に表現したいいフレーズです。
 というわけでアイアンマンのファンはアイアンマンの活躍と共に、トニー社長のダメ人間ぶりにも大いに期待しているわけです。いや、堕ちる穴が深ければそれだけ這い上がるヒーローも強いんだ!とばかりに社長のキャラは原作の歴代のライターによってどんどんヘタレにされてきました。そしてこのロクデナシをロバート・ダウニーJrが演じるとか、もう素敵すぎる!!もはやリアルトニー社長。「おれはあと100作はアイアンマンを演じられる!」とインタビューで言ったとか言わなかったとか。
 そしてアイアンマンのワルッぷりも期待のポイントです。マーベルのヒーローの中で、キャプテン・アメリカと好対照を成すように、アイアンマンの性格には保守的で独善的で過度に現実主義な部分があります。ですからアベンジャーズなど仲間の中では時にはヒーローの嫌な部分も引き受けるキャラ位置にいるのです。今回のアーマーのマスクだってアイスリットは釣りあがってるし口のラインはへの字でいかにもワルそうなデザインです。予告編で戦車にミサイル撃つシーンの社長のワルぶりとかもうたまんねぇ〜!!ファンとしてはこれだけで感涙ものですヨ。


 とまぁ駆け足で夏のアメコミ映画を紹介してみました。他の映画ですとウィル・スミスの「ハンコック」がアメコミ原作ではないスーパーヒーロー映画としては期待できそうな感じです。あとひっそりとヘルボーイの日本語版新刊「ヘルボーイプラハの吸血鬼」もジャイブから出ています。今回はマイク・ミニョーラ以外にリチャード・コーベンとP・クレイグ・ラッセルが参加しており、作品世界に新しい趣を与えています。映画「ヘルボーイ2」の企画も着々と進行中のようなので、そちらも楽しみです。デルトロ監督も前作以降に多くの好作を手がけてきたので、今なら次回作に期待が持てますし。